いつの時代も、どこの土地でも

ただただ本当の悪党と会ってしまっただけで

何の罪もない人が殺されるという

凄惨な事件が起きています

被害者になられた方には家族があって

殺人事件被害者遺族と呼ばれています

その被害者遺族の当然の心情として

江戸時代に認められた「仇討ち」は

明治に禁止となりました

繰り返しますが

様々な意見があるでしょうけれど

やはり、仇討ちは

被害者遺族にとって当然の心情ではないでしょうか

明確な意図を以て

何の罪もない肉親の命を

悲惨な手段にて奪われた家族にすれば

それを償うには

命以外には無いと考えてしまうことの

どこが間違いなのかわからない

けれど

法治国家である日本を含めた多くの国は

仇討ちを禁止しています

であれば

その仇討ちを禁止するその国家は

被害者遺族の感情を少しでも慰めるだけの

法的手段をとらなければならない

これは国としての責務ではないでしょうか

けれども、現状は・・・

刑務所務めを終えたら

一応ながらも罪を償ったとのたまう

少年Aとされる酒鬼薔薇聖斗の出版問題しかり

たとえば、出版じゃなくても

許されざる殺人犯が

満足な慰謝料を払うことなく踏み倒し

のうのうと生きていて

万が一にも宝くじがあたって

贅沢三昧の生活をしていたとしても

被害者遺族はそのことを知ることはできない

ただただ悔しく、淋しく、情けない

切ない人生を過ごすだけ

何も刑期を終えた殺人犯が幸せになることを

いけないと言っているわけではない

賠償金なり慰謝料なりを全額支払った上で

その生活があるのであれば

被害者遺族は別としても

概ねの国民は納得するでしょう

けれども、その贖罪を果たしていない以上

仇討ちを禁止する国は

国家の責任において

その悪党が生涯を終えるまで

仇討ちを禁止した責務を果たすべきだと思う

再度、繰り返しますが

仇討ちは被害者遺族にとって

当然とも思える感情です

全財産を家族に相続や譲渡をし

覚悟を決めた上で

懲役上等と仇討ちを行ったとしても

なんな罪より

仇討ちを果たした価値の方が

遥かにあると信念をもっての行動ならば

国家の平和という理由以外に

刑務所に入れる意味はなくなってしまいます

家族を守ってあげられなかったという

罪の意識をもったまま

生涯を遂げられる殺人被害者遺族の無念を想うと

加害者にとって

これほどぬるい世の中は

改めるべきだと強く思うのです

redio4