開業以来、取り続けていた新聞を

昨年断りました

理由は

【新聞にある大抵の記事はネットで確認できる事】

【膨大な量の折り込みチラシが邪魔な事】

くらいです

申し訳ないなと思いながらも

新聞店に断りの電話を入れると


「外に出しておいてくれたら、回収しますので」

「なんとか続けてくれませんか」


との当然の返答

申し出はありがたいのですが

それでゴミの問題は解決したとしても

新聞の必要性の問題は・・・

同じ商売人として、気持ちは十二分に理解できるけれど

新聞にそこまでの必要性もない為

心を鬼にして


「すいません。。。お断りします」


とお断りをしました

思い起こせば

子供の頃、毎日する朝一番の仕事といえば

新聞受けにある新聞を取り込むことであり

当たり前のように祖母が読み

次に朝食をとるながら親父が読む

俺はといえば

学校までの時間がある時と休日には

まずテレビ番組を確認して

一面のコラムを呼んで

後は気になる記事を読む

その日課は社会人になっても同じで

新聞を断わることになった昨年まで続きました

無ければ無いで、それが日課になるのだけれど

ふと、新聞のない寂しさに見舞われる時間があります


「あぁ、断ったんだ」


自分で選んだことですが

空しい気持ちになります

昭和人間の私としては

テレビ欄で正月の特番をチェックしていた癖が抜けず

特にお正月は新聞がないと淋しいですね

探偵は早朝からの調査が頻繁にあり

以前はどこの家庭でも新聞をとってない家は少なかった

新聞配達の方とよくバッティングしたものです

そして、新聞を取りに出る対象者を見て


「そろそろ起きたな」

「もう少ししたら出かけるから注意しなくては」


となったのですが

ここ数年は新聞を購読していない家庭がかなり多くて

張り込みをしていても

対象者の動きの参考材料が1つ減りました

まあ

時代の流れなのでしょうね

リアルタイムでニュースが配信されるネット以上に

新聞で得られる情報に魅力を感じない人が多いのは

仕方がないことなのかもしれません

それは電話帳にもいえるかも

タウンページで必要な情報を探している姿

あまり見かけなくなったのは

検索のスピードと客観的な情報量が

ネットとタウンページの広告では違いすぎますから

そんなこんなで

新聞から離れた生活をして半年

新聞やチラシを入れる専用のごみ箱を傍らに

正月気分を味わうことなく

三が日が過ぎ去ってしまったことは

新聞だけが原因ではないけれど

断ってしまったことを

ちょいと残念に感じる番長でした

新聞入れ