東京の方にはピンとこないかもわかりませんが

同じように聞こえるようでも

「方言」には近い地域でも

微妙に違うものです

例えば

大阪弁と河内弁は違うし

京都弁も同じ京都内でも少し違う

地元の人ならすぐにわかる

そんな中、田舎では

柄の悪い方言を好んで使う下品な輩がいる

怖い人種だと思わせたい

格好をつけたい

とりあえず、そんなところなんでしょうが

下品さを知らしめて威厳を示そうなんて

頭が悪いのにも程があるけれど

そういう輩は

どこの田舎にも結構いるものです

そして

それらによって造られた方言は

彼らの子供に伝染し

正当な方言とは少し違った

田舎のチンピラ専用方言として

一部の人間によって

生き続けるのだ

それによって

本来であれば

その土地の歴史がわかるような方言である筈なのに

一部の人間による誤った方言を

聞いてしまった外部の人の口から

「○○弁は下品だ」

「○○弁は汚い」

と広げられ

果てはその地域に住む人の多くが

下品な人種

そして下品な地域

と認識されてしまう

それは

一部の下品な言葉を使う輩には

ある意味、勲章的な感覚なのでしょうが

その他大勢の一般の人にとっては

いい迷惑なのです

中には

その地域の出身だということを

隠したい気持ちの人も出てくるのです

悲しい事実ですが

それらは小学校

もしくは中学生にもなれば

大半は著に傾向が現れるので

教育によって変えられると思うのです

しかし

中途半端な個性の観念から

方言は個性と位置付けられ

何ら指導されることなく

放置されているのが現実で

いつまで経っても変わらない

表現の自由や個性は尊重されるべきだけれど

その中で

出身地に対する劣等感や

出身地を心から誇れない

そういった人がいることも

忘れてはいけないと思います

小さな差別が発生する可能性もあるしね

昨日、地元の居酒屋で

大きな声で話しをしていた

隣のテーブルのグループの会話を聞いて

そんな風に感じた番長でした

田舎であれば

どこの土地でも似たようなことはあるでしょうが

変えた方がいいことは

誰かが変える努力が必要だと思うのです


kase